その道のりが、どれぐらい長いもなのかを知りたいのです
ある企業でプレゼン研修の講師を務めたときのことです。
受講者の中のひとりに、30歳前後の女性がいました。
その方は、研修に臨む姿勢がほかの人とは明らかに違いました。私の話を食い入るような表情で聞き、メモの量も半端ではありません。ロールプレイのときには彼女自身にもプレゼンをやってもらったのですが、なかなか上手でした。
研修が終わったとき、その女性が「ちょっとお話を伺わせてもらってもいいですか?」と私のところにやってきました。
「研修の内容で、何かわからないことでもあったのかな」と思った私は、「いいですよ」と答えました。
すると彼女は矢継ぎ早に以下のような質問を私に浴びせたのです。
「プレゼンの上達のために、今までどんなことに取り組んでこられましたか?」
「その中で一番効果的な方法は何でしたか?」
「ご自身の中で、プレゼンをマスターできたなと感じたのはいつぐらいのことでしたか?」
私はびっくりしました。
プレゼンに関する質問というよりは、私自身のプレゼンのキャリアに関する質問だったからです。
「どうしてそんなことを聞くんですか」と訊ねると、彼女はこう答えました。
「私はこれから本気でプレゼンに取り組みたいと思っています。その道のりが、どれぐらい長いものなのかを知りたかったのです」
食べ尽くしがいのある講師でありたい
多くの受講者は、「次のプレゼンのときに何か役立てられないかな」という発想でプレゼン研修に臨みます。
もちろん私も、すぐに役立つ具体的なスキルをお伝えしたいとは思います。
しかし一番大切なのは、「次のプレゼンでそれなりに成功すること」ではありません。10年後や20年後に、今とはまったくレベルの違う高みに達していることです。
そのためには、彼女のように長期的な視点で物事を考えることが不可欠となります。
彼女のプレゼンは、30歳前後のビジネスパーソンとしては既に上手です。しかしもちろん上達の余地はまだ十分にある。
同僚や同世代と比べてそれなりにうまい現状に満足するか?
それとも遙かな高みに目を向けて、研鑽を重ねていくか?
彼女は間違いなく後者です。
本当にプレゼンがうまくなるのは、彼女のような人です。
ちょうどイチロー選手が、メジャーリーグでデビュー年に新人王とMVPを取ったことでは満足せず、遙かな高みを目指してその後3000本ものヒットを積み重ねていったように……。
こういう受講者と出会えることは、プレゼン研修の講師を務めることの喜びの一つです。私自身の刺激になるからです。
もちろん私が刺激を受けるだけではなく、彼女のような受講者に対して、私もまた刺激を与えられる存在でありたいと思います。
受講者から
「私もあんなふうになりたいな。どうすれば、どれぐらい頑張ればなれるのだろう?」
と思ってもえるような講師でありたい。
そう考えると一秒たりとも手が抜けません。
彼女は研修中、私の話をそれこそ「全部食べ尽くしてやろう」というぐらいの必死の形相で聞いていました。
こういう受講者と出会うと、「どうぞ食べ尽くしてください」という気持ちになります。
そして「もっと食べ尽くしがいのある講師にならなくてはいけない」と思います。